さんじななふん

書き残しておきたいこと。雑多ブログ。

【読書感想】新人教育の描写が鋭い 石田夏穂著「ケチる貴方」

 

すごい良い小説に出会ったので感想文。

石田夏穂『ケチる貴方』

 

 

☝ 同じ作者の『黄金比の縁』もとても良かった!

 

何が良かったかと言うと、ポストで書いているように明確で詳細な心理描写。

確かにその感情ある!全部文字で明確に表現されてる!!うわあ!となったわけです。

 

この小説の主人公は備品用タンクの設計と施工を請け負う工事会社に七年間勤務する女性。そして、異常なほどに冷え性ホットヨガをしようが白湯や漢方を飲もうがジム通いをしようが治らない冷え性。本作は彼女の体温が重要キーワードになっています。

 

ということで、以下、あ~ここ、わかるわあ~~となった部分を以下にズラズラ書いていきます✍

 

冷え性を隠す心理性

 

上に書いたように主人公はかなりの冷え性。冬は朝も帰宅後も熱湯シャワーを浴びないと動けないくらいのひっどい冷え性。なのに!!彼女は冷え性だからといって、会社では厚着もしないし、ブランケットもかけない。周りに寒がりなことを悟らせない。

何故かというと彼女がガッチリ・ムッチリした体型だから。『まさかり担いだ金太郎』のような体型と冷え性がどうしても結び付けられず、キャラじゃないから…と思いながら誰にも言えずに冷えと戦っている…。

ハイここ、わかる、わかるよ~~!!

「寒い」と訴えることには何か他の訴えにはない甘えの響きがある。「お腹すいた」「眠い」「出掛けたい」は素直に言えたが「寒い」だけは自分が主張することじゃないように感じた。

私も特に学生時代、過度な寒いアピール(アピールということ自体違和感を感じるが)は確かに気が引けた。ブランケットをかけていいのは華奢な可愛い子だけが許されるような感覚があった。

 

ジェンダーステレオタイプ

 

作中、今年配属になるという新人の教育担当にいきなり任命されてしまった主人公。彼女は新しい任務に前向きに挑む…なんて、そんなはずはなく。やりたくない気持ちしかない主人公。しかも「女の人の方が面倒見がいいじゃん」などと言われてしまったのでさらに納得できない。

本作は令和の出来事として描かれているけど、主人公が務める工事業者は令和らしからぬ古い文化が根付いている。

「女の人の方が面倒見がいい」という部長の一言でも表されている通り、ジェンダーステレオタイプが普通に存在している。例えば、外線に出ることや皆のマグカップを洗うことや贈り物や花を渡すことは女がやるべき…のように。

そんなステレオタイプに埋め込まれて、女の自分だけが不利な状況になったときに、ハッキリと物申すのが主人公の良さだった。そして、古い文化が根付いている職場だからこそ、物申した時に「え…?女が言い返すの…???」のような雰囲気となってしまい、職場から腫物扱いのようになってしまうのがリアルかも。

でも、「女だから〇〇というのは古い」と「ガッチリ体型の女は冷え性言ってはいけない」という彼女の考えはダブスタだ。ここもリアルだね。私もそう思っているから。

石田夏穂さん、女のモヤモヤをサラッと描いていることが多く、彼女の作風の一つなのかもしれない。

 

新人教育なんてどうでもいい

 

個人的に一番すごいな、と思ったのが新人教育の描写だった。ここに共感してしまう自分どうなのよ と思うんだけど。わざわざ言葉にしたことがないような心理描写が明文化されてしまい、何故か恥ずかしい気持ちになった。

さっき書いたように新人教育に任命されてしまった主人公。嫌々ながらも引き受ける。しかも、新人(男2名)だ。1名だけでも大変なのに、2名。

いざ始まった新人教育、ここからのリアルっぷりが凄かった。主人公は端から見たら悪い先輩じゃない。新人が教えてと言ってきたらそのことについてはちゃんと答えるし、嫌々教育担当を引き受けたということを態度で匂わせたりはしない。

でも素晴らしい教育担当者ではなく…。彼女は業務は教えるが教育はしない。何故なら「新人がこの先どう育とうがどうでもいい」という感情が底にあるから。

私は二人の十年後などどうでもいい。それより自分が無事に月給を稼ぐことのほうが遥かに重要だ。もし私をお母さん役に据えようとしたのなら、それは実に残念なことだ。こんなに冴えない人間だがそれでも私は自分が一番可愛い。

「新人教育は自己犠牲」だとハッキリ描いている作品に出会ったことがなく、本作のこの表現にはかなり面くらった。確かに、社会人歴積んだらみんな普通に後輩の教育してるけどさ、前向きになれない人だってたくさん居るのよね。だって教えてる間は自分の業務できないし。それで自分の成績下がるかもだし。正直面倒くさいし(ごめんね後輩)!新人が良い社会人にならなくたって、自分には関係ないですよね?

 

すげ~パンチラインじゃんと思った一文↓

未来のおっさんは現行のおっさんが育成すればいい。

 

そして、作中、1番「ガッッッ!!!!わか、、、わかる!!!!!!!」とマジで驚いてしまった一文がこちら↓

二人が暇にならないよう能力に見合う業務を探し与え続けるのに疲れたのだ。

マジでわかる。これ、これなんだよ。一番大変なのはこれなの。石田夏穂さん、新人教育だった経験あるでしょ。この文章が出てくるリアルさスゴイ。私も新人に与える業務をわざわざ前日に考えていた時期があった。

 

明文化されていない属人化された仕事にこそ価値がある

 

上で主人公が教育担当者に任命されてしまったことを書いたが、彼女は教育しない(彼らに無関心)だけでなく、「経験に基づく知識を出し渋る傾向」があった。

※これはタイトル『ケチる貴方』にも通じてくる部分になってくる。

彼女もまた入社後あまり教えられてこなかった人だった。そして、あまり後輩力が高い性格でもないため、先輩社員に教えてくださいとも言えず、わからないことは自らが調べるという逞しくも孤独に経験を積んでいった人だ。

こんな彼女の背景も大きく影響して、自力で獲得したノウハウを後輩に易々と教えられないという思いを強めていく。

ここもリアルだ~。自分が何年もかけて得たものを何も経験していない新人に教えられるか!!という主人公の気持ち、正直よ~~くわかる。すべてマニュアル化・システム化されている仕事ならこういうことも考えないと思うけど、残念ながら属人化された仕事が多くある企業ならば、こういう思いを覚える人も多いんじゃないかな。(特に、後輩教育が評価に大きく影響しないのならば、尚更そう)自分が会社の中で生き残るには、悲しいかな、「属人化された業務こそ価値がある」と思ってしまう気持ち、全く否定できないね。

ちなみに主人公は自分のことを社会人として「冴えない」と評しているけど、誰も頼ることができない環境で、それでも自分のノウハウを獲得できる程真面目に働いているのであれば、それは社会人として素晴らしいと思うけどな…と思った。

 

ーーー

 

ということでバーっとわかるわ~~~ポイントを書き連ねてみました。ここまでリアルに描けるということは石田夏穂さんの実体験が混じっているか、取材が非常に丁寧かのどちらかだと思う。ただ頭の中で描いた話ではこの緻密な描写はできないと思う。

 

croissant-online.jp

 

ちなみに、主人公の酷い冷え性はあることをきっかけに改善の兆しが見え始める。彼女はあることをすると身体が熱くなることに気づくのである。

それが一体なんなのか、そして結末はどうなるのかについては実際に読んで確かめていただきたいです。

ここに書いたこと以外でも面白い部分は多くあるし、身体が熱くなったあとの彼女の心境の変化も必見。サラサラっと読めちゃうボリュームでもあるので、是非!(刺さる人には刺さると思うのでオススメです✌)

 

 

そして本作、実は短編二篇で、表題作『ケチる貴方』以外にもう一つ

『その周囲、五十八センチ』という作品が後半に収録されています。

前半は「冷え性」。じゃあ後半は何か?というとこちらも身体についてで「脂肪吸引」がメインテーマとして据えられています。

タイトルの五十八センチとは主人公の太ももの太さです。

どんなにダイエットを頑張っても細くならない自分の太ももを非常に憎く感じた主人公はついに脂肪吸引に手を出す。具体的に効果が見えること、そしてダウンタイムに耐えるという前向きなサバイバル感覚にハマり、二、三か月おきに脂肪吸引を繰り返す、いわば脂肪吸引依存な女性のアレコレを描く話だ。

こちらは「ルッキズム」を描いていることもあり、もしかすると『ケチる貴方』よりもこちらの方が刺さる。という人も多いと思う。勿論こちらの心理描写も細かく丁寧で、読みこだえたっぷりだった。面白かった。

こちらは以下に印象的な文を引用ピックアップしてみたので、こちらが気になった方も是非本作を読んでみてほしいと思います。(再々言うけどオススメ!)

 

私は、弱い人間になりたかった。弱くても構わない人間に。つまり見た目でものを言える人間になりたかった。見た目が良ければどんな人生も肯定され得る。異論はあるだろうが、それは良い悪いを超えたところで、確実に人の世に存在する価値観だ。

 

私はもう随分前から人を見た目で判断するようになっていた。それは私が悲愴なほど見た目で判断されてきたからだ。だから文字通り身を削って、その向上に血道を上げてきたからだ。誰が何と言おうと、私は今更「人は内面だ」などと鞍替えすることはできない。

 

内面が好きだと何のてらいもなく言ってのける、その根性がいけ好かないのだ。  大切なものは、目に見えるぞ。

 

この作品を読み終わったとき、まずは自分の太ももが一体何センチなのかが気になったけど、怖すぎるから測ってません。知らぬが仏や。

 

 

以上!!

久しぶりに長い文章、書いたぜ✌✌✌